人畜無害の散流雑記

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書籍紹介「増補改訂 東京教育大闘争の敗北-ある農学部生の総括」

 68~69年学園紛争を経て30年の歴史に幕を下ろした東京教育大。当時の総括を軸に、教育大発足時前後からの学生運動の概略を加えた教育大学生運動史。16年2月刊。

 15年6月「増補改訂版」への追記
 10年10月に初版を自費出版し、主要図書館に寄贈後、営業らしいこともしようと、HPを作成したり各種名簿で案内葉書を送付したりして、11年2月初旬にひと段落した。そこに3・11が起きた。在京で自身の被害は何もなかったが、「震災前に刊行しておいて良かった」とつくづく実感した。
 暫くして「ウツ状態」も薄らぎ、参考文献を改めて眺めているうちに、「教大新聞」「現代の学生運動」を基にすると「敗北」同様の手法で60年安保前後の教大学生運動を跡付けできるだろうと気付いた。その作業中に「資料 戦後学生運動」全7巻の存在を知り、東京教育大学発足前後にまで対象が広がることになった。また、Wikipediaをはじめとするインターネット上での情報提供の素晴らしさを十分味わえた。幾つも引用しているが、まとめて謝意を表しておく。
 今回付け加えた「東京教育大の学生運動 戦後から66年度まで」は12年10月にひとまず脱稿した。結果として「教育大学生運動史」になってしまった。通年史に興味のある方は、「学生運動」から読み始め「敗北」へと進む方が分かりやすかろう。
 13年春になり、段ボール箱にずっと詰め込んで置いたビラを処分することにした。「敗北」に使用したビラ・パンフレットの類をスキャンしてフラッシュメモリーに記録し廃棄した。すっきりしたはずだったが、押し入れの奥にまだ段ボール箱があり、そこには執筆準備の初期段階で外し、それっきり忘れていた大塚3学部のビラ類が残っていた。これらの内容を確認しつつ「敗北」に加筆し、ビラをスキャンし終えたのが14年夏だった。数箱あった資料は16Gのフラッシュメモリーに収まった。
 「せっかくまとめたのだから、増補改訂版としてISBNコードを付けて刊行しよう」という気持ちになったのは15年6月だった。資料も資金もないのでこれで終わりだ。「教大闘争」からやっと解放される。

 

 奥 付

黒川敏夫・夢諸野迷 編著
B5判・570頁・並製。本体3800円。
ISBN978‐4‐906756‐05‐6
発行:山浦印刷(株)出版部
企画:(株)三協社

ご注文は書店へ。お急ぎの場合は、三協社下記宛へ直接ご連絡ください。着払いでお送りします。
 〒164-0011 中野区中央4‐8‐9
  TEL:03‐3383‐7281  FAX:03‐3383‐7282
  E-mail:shuppan@sankyo-sha.co.jp 

 

 目 次

 【増補改訂 東京教育大闘争の敗北-ある農学部生の総括】
  (一)62~66年度
1 発端 62年4月~63年8月
2 導入 63年9月
3 展開 63年10~12月
4 屈折 64年
5 推進 65~66年
6 布陣(Ⅰ) 63~64年
7 布陣(Ⅱ) 65年
8 学長・三輪知雄(在任62年7月~68年6月)
9 経験(Ⅰ) 66年6~7月
10 調整(Ⅰ) 66年9~11月
11 経験(Ⅱ) 66年10~11月
12 調整(Ⅱ) 66年12月~67年2月
  (二)67年度
13 渦中(Ⅰ) 67年3~5月
14 渦中(Ⅱ)
15 土地確保意向表明 67年6~7月
16 予行演習 67年6~7月
17 新段階 67年7~9月
18 第二ラウンド論(Ⅰ) 67年9月
19 第二ラウンド論(Ⅱ) 67年10月~68年3月
20 学生生活 67年9月~68年3月
  (三)68年度
21 学園紛争
22 前哨戦 68年4~5月
23 学長選挙 68年6月
24 農常任委員会(Ⅰ)
25 調査費計上 68年6~7月
26 農学生大会
27 再審議・請求 68年7~8月
28 農常任委員会(Ⅱ)
29 再審議・撤回 68年9月
30 動員・東大と法大
31 長期スト・波紋 68年10月
32 包囲・収拾 68年11月
33 農常任委員会(Ⅲ)
34 鬼手「入試中止」 68年12月
35 交代
36 暗転・入試断念 69年1月
37 対応
38 再構築 69年2月
39 混迷
40 ロックアウト 69年3月
41 分散
  (四)69年度
42 授業再開 69年4月
43 リコール・再スト 69年5月
44 悪戦苦闘
45 抵抗 69年6月
46 最終決定 69年7月
47 大学法適用 69年8~9月
48 自由回復 69年10~12月
49 学長選挙 70年1~3月
  (五)70年度
50 安保闘争 70年4~6月
51 方針転換 70年7~8月
52 惰性 70年9月~71年3月
  (六)71~78年度
53 理論的模索 71年4月~72年3月
54 移行過程 72年4月~73年3月
55 筑波大学法案 73年4~9月
56 荒廃化阻止 73年10月~76年2月
57 終局 76年3月~78年3月

 〈補の1〉 茗渓会の政治力
 〈補の2〉東教大農学部における筑波問題の経過(メモ)―教員層の動向を中心に
  あとがき

【東京教育大の学生運動 戦後から66年度まで】
(Ⅰ) 1945年8月~1950年3月 敗戦・占領下
  〈1945年度〉 学生自治組織の確立
  〈1946年度〉 大塚学園の復興
  〈1947年度〉 学友会と学生自治会の分離
  〈1948年度〉 全学連結成へ
  〈補〉 新制大学「校名」確定の経緯
  〈1949年度〉 新制大学編成・教育大学発足
(Ⅱ) 1950年4月~1953年3月 サ条約調印・発効前後
  〈1950年度〉 レッドパージ反対闘争
  〈1951年度〉 サ条約調印・占領解除準備
  〈1952年度〉 混乱する学生運動指導部、文理大学閉学
(Ⅲ) 1953年4月~1957年3月 共産党の分裂と再統一、引きずる後遺症
  〈1953年度〉 活発化するサークル・寮活動
  〈1954年度〉 強まる日常闘争
  〈1955年度〉 六全協ノイローゼと自己批判
  〈1956年度〉 平和闘争の再建と「独立グループ化傾向」の顕在化
(Ⅳ) 1957年4月~1961年3月 安保闘争学生運動の分裂
  〈1957年度〉 教大4自治会と全学連中央との対立表面化
  〈1958年度〉 全学連中央グループとの全面対立へ
  〈1959年度〉 広がる全学連反主流派
  〈1960年度〉 都自連結成し別行動へ
(Ⅴ) 1961年4月~1965年3月 学生運動の再編期
  〈1961年度〉 集団離党と共青結成
  〈1962年度〉 模索する構改派、平民学連の結成
  〈1963年度〉 前進する平民学連、衰退する構改派
  〈1964年度〉 平民学連が全学連再建、文理教農4学部に対立候補出る
(Ⅵ) 1965年4月~1967年3月 個別学園闘争へ、教大5学部全学連加盟
  〈1965年度〉 5学部自治会を民青系が制す
  〈1966年度〉 地盤固める民青系
  あとがき